fryyuk’s blog

日々感じたこと・考えたことをアップします。食生活、健康、ライフスタイル、転職、生き方、感じ方、などなど

私の無謀さは実は「"バカな"と”なるほど”」の実践なのか?

某月某日(昨日)

興味深いセミナーに参加した。

有益か? それほどでも。

面白かったか? 一部、面白かった。共感できる点もあった。

何が興味深かったか? 参加者の質問。。。。。

 

考えの浅い人。

悩んでばかりで10年行動に移さない人。

テレビで見たことを少しも深堀りしないで、自分もできると信じている人。

それ、ここで聞かないとわからないこと?それ、今重要ですか?ってことを聞く人。

 

まあ、色々な人がいますわな。。。。。

 

でも私もセミナー参加者の一人なので、同じくらいの質じゃない?と思ったりしたわけで。笑

でも、なんか私はできるような気がしてしまうのはなぜかと考えてみた。

 

なぜか? それは過去にも一見無謀なチャレンジを達成したことがあるから。

高校受験、大学受験、就職後の実績、転職、部署異動などなど。。。

(残念ながらチャレンジの達成は主に仕事面だけだわw無理めなイケメンと付き合えたとかもあればいいのに)

 

周囲に無謀と言われる。馬鹿にされたりもする。でもやってみる。

ダメ元でやってみる。100%駄目だったらやめよう、と思ってとりあえず始めてみる。

すると5%とか10%とか可能性が残ったりする。

そしてその少ない可能性に賭けて、それも駄目だったらやめよう、と思ってやってみる。

すると・・・

というわけで運の良さでここまでやってきた。

でもあえて振り返ると、「可能性は低いかもしれないが、0ではない」「可能性は相変わらず低いが、まだ少し残っていて、それはこの部分」という分析精度は悪くないのではないか?

その分析は、時には自分の心の中で行うこともあれば、外部リソースや他人から教えてもらうこともある。

 

この分析で可能性が0になるまで行動を辞めることはない。

だから運が味方してくれてここまで来れたのではないであろうか。

 

ただ、会社の先輩に「私は運が良いのです」という話をしたら、

「たしかに運が良い。でも運というのは人生において総量が決まっているもので、きっとどこか違うところでは損をしているのではないか」と言われた。

 

 

あえて損をしていることには今後もフォーカスしないでいこうと思う。

ただ、損してショックを受けた時には、今まで受けた運のトレードオフか、これから受ける運のやつだな、と思うことにする。

 

ということで、昨日のセミナーの参加者は残念でしたが、私は時間を有効活用して、丁寧な挨拶とともに退出したので、1抜けできると信じている。

 

セミナー開催者の方も、あまり良い匂いはしないなぁ。。

距離感は考えないとな。。まあ、自分で距離感を考えられなくても、自分のことは守ろう。自分を守れるように知識をつけたり、味方を作ったり。

それまでは素手で守ろう。

 

客観的に見た、私の無謀さは否定しない。

けど、私の中ではちゃんとしたロジックがある。だからそれで良いか。

結果を見て、他人は勝手に「なるほど」となる。

その経験を1度ならずしたから、これからもそれで良い。